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【再掲】Seiho「靉靆」イベントレポート

 過去Far East Artyardにて掲載させていただいた、DJ/ProducerのSeiho氏によるevent靉靆のレポート記事です。Far East Artyardがコラムの掲載を停止したため、今回Mementosにて再掲というかたちを取らせていただきます。(2020年7月30日-izuma)




 夜通しクラブで踊って遊んで、仲間と一緒に明け方の街をグダグダと我が物顔で練り歩き、 昼頃家に帰る。さっきまで朝だったはずなのに、ふと寝てしまっていて、起きたら夕方。


 クラバーあるあるである。これを読んでくれている方々にも、そういう経験があったかもしれない。でもそんな時間が、どこか気持ちよくて、その時はゆっくりと、しかし過ぎるとあっという間で。無意味な時間なのに、どことなく愛おしさを覚えたり、儚さを覚えたり。今まで私はその感情の存在にさえも虚ろだったが、某サイトに掲載されていた音楽プロデューサー・DJ の、Seiho氏のインタビューでこの感情にはっきりと気付かされた。 


 氏は今回主催する「靉靆(AI TAI)」というイベントにて、そんな時間に対する愛おしさや儚さの、つかみどころのない、まるでたなびく雲のような実態のない感情を、表現するという。なんて難しい試みだろうと思ったが、今回私はイベントにてそれをひしと(かつどことない虚ろさと気持ちよさを保ったまま)感じ取ることができた。 


 期日が2019年3月15日19時半からというだけで事前には内容・場所が非公開だったシークレットイベント「靉靆」。場所はチケットにのみ記載されており、大々的に告知が行われることもない。先行前売り券購入者の自宅には会場の住所が記載されている「貴院への紹介状」と複数枚の「カルテ」が届いた。 


 この面白い贈り物からすでにそんな儚い時間の物語は始まっている。Seihoが綴る「靉靆」 の物語には、とある科学者と被験者が登場する。精神的な治療を要する患者(被験者)に、人工的な睡眠を以って治療していく医者(科学者)の、その半実験的な睡眠治療の中で起こる霊的で非現実的な現象と、その中に引き込まれていく二人の物語である。カルテには被験者の状態とともに二人の対話が書かれている。被験者は睡眠の世界(単に夢なのかは不明) で、何者とも会話を成り立たせてはいけないとされていた。つまり会話は禁忌なのである。 ここが物語の鍵となっており、その世界にやがて科学者自身が現れ、会話をしてしまう時点でカルテは途切れている。 


 と、この時点でいつものクラブイベントに慣れた私には衝撃的だった。今回のイベントに対するSeihoのただならぬ気合いを感じた。ちなみにこの「カルテ」含む「紹介状」は先行前売り券のみの特典であり、一般で購入された方はこれを受け取ってはいなかったようだが、 会場にはその物語を理解するのに十分な装飾が施されていた。 


 会場は都内某所の6階で、大きなエレベーターで入場した。エレベーター内では白衣の女性の会場に関する簡単なアナウンスがあった。入場してからも大きな会場内には白衣のスタッフが数名おり、さながら病院(研究所?)といった雰囲気。会場の奥にはSeihoの代名詞とも言える花なども見受けられた。中心には正方形の舞台があり、周りを人が囲む形になっていて、開始を待つ人で溢れていた。正方形の舞台には、半鏡面(偏光板のような)の巨大スクリーンが対角線を仕切るように立っており、これがのちに面白い演出の鍵となる。また四方を取り囲むようにスピーカーが設置されており、舞台上のモジュラーシンセによってリアルタイムに生成され続けている音楽が、包み込んでいた。 


 やがて20時頃白衣を身にまとったSeihoが舞台上に登場、ライブがスタートする。第一幕 とも呼ぶべきか、モジュラーシンセのつまみを触ってじわじわと音を作っていく。ここはクラブチックだった。やがてビートが入り、会場は一気にダンスフロアのような状態に。と、そこで、白衣のスタッフが数名現れ前列の観客に対して座布団を敷いて回った。後列の観客に舞台が見やすいようにとの配慮だ。そこで今回はやはりただのダンスイベントではないと再確認。舞台袖にはブラウン管モニターなどが設置されており、のちに「対話」の内容などが映し出されたので、それが見えるようになったこの配慮はありがたかった。 


 ビートはやがてハウス系4つ打ちからベース系のノリに移行、さらにはダブステップのようなビートまで飛び出し、Seihoのダンスミュージックを存分に感じられた。最後にSeiho - Tear Off The Dressがかかり、第一幕は終了。恥ずかしながら、初めてSeiho氏のライブを見た自分にとっては、すでに感涙もの。しかし圧巻の展開はここからだった。 


 第二幕。イベント全体は、大きなくくりでは音楽パートと劇パートの全二幕だった。そして今回のイベントはここからが肝である。一幕の途中で一度脱いだ白衣を再度着用したSeiho、なぜか隣にもう一人の人がおぼろげに見え隠れしている(誇張ではなく本当に見えては消えて、またふと現れるのである)。一瞬、目を疑ったが、これが半鏡面スクリーンならではの演出だった。もう一人の人とは、ElevenPlayのSAYA(このイベントの演出は振付師・演出家のMIKIKO氏によるもので、ElevenPlayはそのMIKIKO氏が率いるダンスカンパニーである)演じる被験者「ベアト・リー」で、Seiho演じる科学者「ネウサラ」はヘッドギアと機器を用いて被験者を睡眠治療の世界へと誘っている。半鏡面スクリーンは光の当て方によって向こう側が見えたり隠れたりする仕様になっていて、明滅する光によってこちら側の科学者と向こう側の被験者を見事に分断・統合していた。舞台はスクリーンに仕切られてはいるが行き来できるようになっていて、二人の邂逅には思わず息を飲んだ。めまぐるしく移り変わる音楽、シンクした二人のコンテンポラリーダンスも見事で、さながらイリュージョンのようだった。 


 物語は繰り返される実験とともに進み、やがて被験者は科学者との禁忌である会話をする場面へと移行する。それはカルテに記載された最後の項で、実質クライマックスなのだが、 ここの畳み掛けが忘れられない。実験に自らが引き込まれていることを悟り始め、突如舞台上に何本ものロープを張る科学者(自我の拘束を意味している?真意はわからない)、しかし被験者は睡眠の中で出会った会話できる存在は、まさしく先生(科学者)そのものだった、そして会話は、先生の方から話しかけてきたのですよ、と主張していく。科学者はそれを頑なに否定し、ヘッドギアを用いて意識の同調を行わない限り自分が現れるはずがないと半ば自分に言い聞かせるように伝えるが、最後の会話をもってそれは崩壊する。科学者は全てを受け入れるかのように舞台上に貼ったロープを全てほどき、紙吹雪を散らす。これで舞台は終演だった。最後のシーンは二人で睡眠(死?)の世界に引き込まれ落ちていったのか、はたまた本当の意味で理解し合えた壮大な二人の恋の物語だったのか、憶測が飛び交う。しかし完全な正解を探すのは野暮なことだとわかっている。なぜならこれはつかみどころのない、まさしくたなびく雲のように実態のない、「靉靆」の物語だからだ。


 やはりクラブイベントとは全く違う、完全にアートの世界だった。観劇者全員にそれぞれの解釈があり、Seihoは一人一人に理解を委ねている部分があったと思う。反面、第二幕でも聴きたかったSeihoミュージックは健在で、ジュークフットワークのようなスピード感のあるダンス系音楽が多かったなという印象だが、見事に劇とシンクロしていて、期待に正面から応えてくれた部分もあった。全体を通して1時間強ほどだったので、もう少し見ていたいなという気持ちもあったが、やはりお腹いっぱいまでやってしまうと、前述した儚い時間の表現としてはNGなのだろう。全てがSeihoの手中で完璧に錬成された芸術だったと思う。 


 何より演出が素晴らしかった。Perfumeの演出やリオオリンピックの閉会セレモニーも手がけたMIKIKO氏によるものかと思うが、照明、音響、映像全てがリンクしていて、半鏡面スクリーンという新時代のウェポンをフル活用して最後まで観客を魅了していた。唯一今回の心残りはSeiho氏が渋谷で営むおでん屋「そのとうり」の会場出張ドリンクサービスを時間の関係で利用できなかった点である(笑) 


 またクラブに行けば次の日を無駄に過ごしてしまうこともあるかもしれない。クラブ明けでなくとも、なぜかやる気が出なかったり、物事が手につかなかったり。ふと気づいたら30分なんてざらである。しかし、これからはそんなどこか儚い自分の時間を、ふわっとした気持ちで愛せたらいいなと思わされた。「音楽は時間芸術」。そう語るSeiho氏のイベントは、 私を少しだけ成長させてくれた気がした。 


 FAR EAST ARTYARDコラムの記念すべき第一回目として、このような素晴らしいイベントに関してレポートを書けたことを嬉しく思います。拙いレポートにはなりましたが、最後に「靉靆」の公式ページにあるSeiho氏の一文を載せさせていただいて、終わりとします。 (書き手 出馬稜大(izuma)) 




   〈好きで堪らない人へ贈り物をするということは勇気がいる。 喜んでくれないと、こちらの気持ちも冷めてしまう。共同作業なら尚のこと。 ランチを決められなくて昼過ぎまでふたり歩き続けるなんて真似はよして。正解のなさを遊ぶなら、どうぞ、おひとりで。 そう思いながら、あなたの手を握る。街はもう暮れかかっていて、ところどころに穴が空いているから、私たちは滑り込まなければならない。その、正解のなさに。 斜陽を眺める虚につけ込んで、愛及屋烏を伝えたほうが手っ取り早い。でも、鳥インフルエンザは怖いしなあ。 花の美しさという様なものはない。美しい貴方は教えてくれた。 - Seiho -  〉



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